谷崎潤一郎賞の全て

谷崎賞は1965年春、谷崎存命中に、中央公論社が中央公論新人賞を廃止して創設、七月に谷崎が没し、第一回選考会は九月に行われた。
受賞作・候補作・選評は「中央公論」11月号に掲載。
※中央公論新社「谷崎潤一郎賞」公式ページ

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第一回　1965年

受賞作

「抱擁家族」（講談社）　小島信夫（50歳）

候補作

「榎本武揚」（中央公論社）　安部公房（41歳）
「楊貴妃伝」（中央公論社）　井上靖（58歳）
「幻化」（新潮社）　梅崎春生（同年没）
「留学」（文藝春秋新社）　遠藤周作（42歳）
「一個その他」（文藝春秋新社）　永井龍男（61歳）
「甘い蜜の部屋」（「新潮」6,7月号）　森茉莉（62歳）－－完結、刊行は1975年（泉鏡花賞）
「不意の出来事」（新潮社）　吉行淳之介（41歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、伊藤整、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫

解説・コメント

選考委員は、大岡のほかは、谷崎と親しかった作家。円地の「なまみこ物語」も候補だったが、選考委員の作品は対象としないという申し合わせがあり、円地が怒って、あわや選考委員会解散かという騒ぎになった。40過ぎの中堅作家以上を対象とする賞という性格が既に決まっている。「幻化」は毎日出版文化賞受賞、「不意の出来事」は新潮文学賞。「楊貴妃伝」以外は今も名作とされている。

第二回　1966年

受賞作

「沈黙」（新潮社）　遠藤周作（43歳）

候補作

「サド侯爵夫人」（河出書房新社　）三島由紀夫（41歳）
「一路」（講談社）　丹羽文雄（62歳）
「荒廃の夏」（河出書房新社）　井上光晴（40歳）
「日のちぢまり」（新潮社）　島尾敏雄（49歳）
「エロ事師たち」（講談社）　野坂昭如（36歳）
「刺す」（新潮社）　宇野千代（69歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、伊藤整、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫（第一回と同じ）

解説・コメント

今回も、選考委員の作品をどうするかで揉めた。三島は辞退したが、丹羽の作品があった。野坂は、直木賞受賞前の処女作である。候補作の発表はないため、選評からぬいている。「一路」は読売文学賞受賞。

第三回　1967年

受賞作

「友達」（戯曲、河出書房新社）　安部公房（43歳）

「万延元年のフットボール」（講談社）　大江健三郎（32歳）

候補作

「至福千年」（岩波書店）　石川淳（68歳）
「贋の偶像」（筑摩書房）　中村光夫（56歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、伊藤整、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫（第一回と同じ）

解説・コメント

この回の選評で大岡が、候補になって落ちたものに触れるのは失礼だ、と述べており、候補作の全容は不明。大江の最年少受賞記録は今なお破られていない。「贋の偶像」は野間文藝賞受賞）

第四回　1968年

受賞作

なし

候補作

「変容」（岩波書店）　伊藤整（64歳）
「少年愛の美学」（徳間書店）　稲垣足穂（68歳）
「輝ける闇」（新潮社）　開高健（38歳）
「不意の声」（新潮社）　河野多恵子（42歳）
「勤人の休日」（新潮社）　椎名麟三（57歳）
「日を繋けて」（中央公論社）　島尾敏雄（51歳）
「解つてたまるか」（新潮社）　福田恆存（56歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、伊藤整、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫（第一回と同じ）

解説・コメント

今見ると、この候補作でなぜ受賞作なしなのかふしぎである。「少年愛の美学」「変容」は日本文学大賞受賞、「不意の声」は読売文学賞、「輝ける闇」は毎日出版文化賞。受賞作なしとなると、大岡も選評で候補作に触れないわけにはいかなかった。

第五回　1969年

受賞作

「朱を奪うもの」「傷ある翼」（新潮文庫）「虹と修羅」（文藝春秋）三部作　円地文子（64歳）

候補作

「風の音」　宇野千代（72歳）
「スミヤキストＱの冒険」　倉橋由美子（34歳）
「若菜」（「天馬賦」中央公論社所収）　石川淳（70歳）
「狂人なおもて往生をとぐ」（中央公論社）　清水邦夫（33歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、伊藤整、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫（第一回と同じ）

解説・コメント

円地を宥めるため、選考委員初の受賞。長年書き継がれた半自伝的三部作である。武田は選評で、選考委員の受賞はあるべきでない、と怒っている。

第六回　1970年

受賞作

「闇のなかの黒い馬」（河出書房新社）　埴谷雄高（60歳）
「暗室」（講談社）　吉行淳之介（46歳）

候補作

「骨餓身峠死人葛（ほねがみとうげほとけかずら）」（中央公論社）野坂昭如（40歳）
「蘭を焼く」（講談社）　瀬戸内晴美（48歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、遠藤周作、円地文子、大岡昇平、武田泰淳、三島由紀夫（伊藤整の死去に伴い遠藤周作が加わる）

解説・コメント

瀬戸内の、三十年間何も賞が貰えない不遇の日々。

第七回　1971年

受賞作

「青年の環」（河出書房新社）野間宏（56歳）

候補作

「反悲劇」（河出書房新社）倉橋由美子（36歳）
「解放された世界」（新潮社）石川達三（66歳）
「霧雨」（講談社）北原武夫（64歳）

選考委員

丹羽文雄、舟橋聖一、遠藤周作、円地文子、大岡昇平、武田泰淳（前年の三島の死により一人減）

解説・コメント

二十年間書き継がれた作への功労賞的なもので、舟橋は忌憚なく批判している。

第八回　1972年

受賞作

「たった一人の反乱」（講談社）　丸谷才一（47歳）

候補作

「或る一人の女の話」　宇野千代（75歳）
「樹影」　佐多稲子（68歳）
「骨の肉」　河野多恵子（46歳）
「夏の闇」　開高健（42歳）
「妖魚の果て」　舟橋聖一（68歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎（新任）、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄、舟橋聖一

解説・コメント

「樹影」は野間文藝賞受賞。谷崎賞に値し、また谷崎に同名の作品もある傑作、倉橋由美子の「夢の浮橋」が候補にもならなかったのは残念である。

第九回　1973年

受賞作

「帰らざる夏」（講談社）　加賀乙彦（54歳）

候補作

「平和の死」（講談社）　中村光夫（62歳）
「水」（河出書房新社）　古井由吉（36歳）
「双夢」（河出書房新社）　河野多恵子（57歳）
「ばあやん」（講談社）　上林暁（71歳）
「雨のドラゴン」（河出書房新社）　丸山健二（30歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄、舟橋聖一

解説・コメント

丸山は以後一切の賞を辞退する。

第十回　1974年

受賞作

「安曇野」（筑摩書房）　臼井吉見（69歳）

候補作

「ある女」（集英社）　中村光夫（63歳）
「暗い波濤」（新潮社）　阿川弘之（54歳）
「彼の故郷」（講談社）　小川国夫（47歳）
「滝壺」（新潮社）　舟橋聖一（70歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄、舟橋聖一

解説・コメント

評論家臼井の初の長編小説

第十一回　1975年

受賞作

「一休」（中央公論社）　水上勉（56歳）

候補作

「四季」（新潮社）　中村真一郎（57歳）
「櫛の火」（河出書房新社）　古井由吉（38歳）
「私説聊斎志異」（朝日新聞社）　安岡章太郎（52歳）
「生誕の時を求めて」（中央公論社）　野坂昭如（45歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎（欠席）、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄、舟橋聖一

解説・コメント

主催である中央公論社刊のものが受賞するのは事実上初めて。この年、中央公論新人賞復活。前年10月、中央公論社の編集者・安原顕が『レコード芸術』に大江の悪口を書いたため大江は中央公論社に絶縁を宣言した。谷崎賞選考委員も辞めると言ったが翌年復帰している

第十二回　1976年

受賞作

「田紳有楽」（講談社）　藤枝静男（68歳）

候補作

「聖」（新潮社）　古井由吉（39歳）
「血と貝殻」（新潮社）　河野多恵子（49歳）
「誘惑者」（講談社）　高橋たか子（44歳）
「火山の歌」（新潮社）　丸山健二（33歳）
「優しい人々」（河出書房新社）　坂上弘（40歳）
「抱寝」（河出書房新社）　和田芳恵（69歳）
「夢かたり」（中央公論社）　後藤明生（44歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄、舟橋聖一

解説・コメント

「誘惑者」は泉鏡花賞受賞、「夢かたり」は平林たい子賞。

第十三回　1977年

受賞作

「日の移ろい」（中央公論社）　島尾敏雄（60歳）

候補作

「枯木灘」（河出書房新社）　中上健次（31歳）
「浦島草」　大庭みな子（47歳）
「五月巡歴」　黒井千次（45歳）
「諫早菖蒲日記」　野呂邦暢（40歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、武田泰淳、丹羽文雄（舟橋が死去し一人減）

解説・コメント

「枯木灘」は芸術選奨新人賞、毎日出版文化賞受賞。

第十四回　1978年

受賞作

「夏」（新潮社）　中村真一郎（60歳）

候補作

「ロマネ・コンティ一九三五年」（文藝春秋）　開高健（48歳）
「円いひっぴい」（河出書房新社）　小田実（46歳）
「触媒」　田久保英夫（50歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介（武田泰淳の死により丸谷才一が加わる）

解説・コメント

「触媒」は芸術選奨文部大臣賞受賞。

第十五回　1979年

受賞作

「ポロポロ」（中央公論社）　田中小実昌（54歳）

候補作

「野いばらの衣」（講談社）　三木卓（44歳）
「地底の鳥」（河出書房新社）　山崎正和（45歳）
「見果てぬ夢」（講談社）　李恢成（44歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

この回から、再び候補作を発表するようになった。

第十六回　1980年

受賞作

「一年の牧歌」（新潮社）　河野多恵子（54歳）

候補作

「雨飾り」（講談社）　田久保英夫（52歳）
「鳳仙花」（作品社）　中上健次（34歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、大岡昇平、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

大西巨人の「神聖喜劇」が有力候補だったが、大西が辞退。

第十七回　1981年

受賞作

「みちのくの人形たち」（中央公論社）　深沢七郎（67歳）

「吉野太夫」（平凡社）　後藤明生（49歳）

候補作

「青山二郎の話」（中央公論社）　宇野千代（84歳）
「ひとびとの跫音」（中央公論社）　司馬遼太郎（58歳）
「無きが如き」（講談社）　林京子（51歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介（大岡が辞任し一人減）

解説・コメント

深沢は同題短編への川端康成文学賞を辞退しての受賞。「谷崎は好きだが川端は嫌い」と述べて話題を呼ぶ。「ひとびとの跫音」は読売文学賞。次第に候補作が限定されていく。

第十八回　1982年

受賞作

「寂兮寥兮（かたちもなく）」（河出書房新社）　大庭みな子（52歳）

候補作

「遠い空」（中央公論社）　富岡多恵子（47歳）
「山躁賦」（集英社）　古井由吉（45歳）
「おろおろ草紙」（講談社）　三浦哲郎（51歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

第十九回　1983年

受賞作

「槿（あさがお）」　古井由吉（46歳）

候補作

「波うつ土地」（講談社）　富岡多恵子（48歳）
「断作戦」（文藝春秋）　古山高麗雄（63歳）
「地の果て至上の時」（新潮社）　中上健次（36歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

「波うつ土地」のような名作が落選している。また中上健次は何度も候補になりながら遂に谷崎賞を貰えず、そのことが怨念を強めたと言っていいだろう。

第二十回　1984年

受賞作

「群棲」（講談社）　黒井千次（52歳）

「この国の空」（新潮社）　高井有一（52歳）

候補作

「緑の年の日記」（福武書店）　阿部昭（50歳）
「日輪の翼」（集英社）　中上健次（37歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

第二十一回　1985年

受賞作

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」（新潮社）村上春樹（36歳）

候補作

「映画監督」（新潮社）　長部日出雄（51歳）
「白夜を旅する人々」（新潮社）　三浦哲郎（54歳）
「夢の島」（講談社）　日野啓三（56歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

高齢、中堅に与えられる傾向があった谷崎賞が、アメリカ的作風の新進村上春樹に与えられ、ある衝撃を与えた。円地は病気欠席、村上を推しているのは丸谷、丹羽と遠藤は反対しており、吉行もやや反対、大江は三浦を推しており、なぜ受賞したのか不思議なくらいの選評である。このことで中上はさらに気を悪くし、丸谷を恨んだはずだが、「御霊」となって祟らなかったようだ。「百夜を旅する人々」は大仏次郎賞、「夢の島」は芸術選奨文部大臣賞。

第二十二回　1986年

受賞作

「砂丘が動くように」（中央公論社）日野啓三（57歳）

候補作

「ぼくたちの好きな戦争」（新潮社）小林信彦(54歳）
「まどさん」（新潮社）阪田寛夫（61歳）
「水獣」（新潮社）富岡多恵子（51歳）

選考委員

円地文子、遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

晩年の日野は、むやみと賞を貰っていたが、作品の評価は高くない。

第二十三回　1987年

受賞作

「夢の木坂分岐点」（新潮社）　筒井康隆（53歳）

候補作

「翼のない鳥」（講談社）　青野聰（44歳）
「アマノン国往還記」（新潮社）　倉橋由美子（53歳）
「高丘親王航海記」（文藝春秋）　澁澤龍彦（同年没）

選考委員

遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介（円地が没し、丹羽、遠藤、吉行、丸谷、大江の五人）

解説・コメント

「アマノン国往還記」は泉鏡花賞、「高丘親王航海記」は読売文学賞受賞。

第二十四回　1988年

受賞作

なし

候補作

「贋金づかい」（新潮社）　尾辻克彦（51歳）
「白光」（新潮社）　富岡多恵子（53歳）
「仮釈放」（新潮社）　吉村昭（61歳）

選考委員

遠藤周作、大江健三郎、丹羽文雄、丸谷才一、吉行淳之介

第二十五回　1989年

受賞作

なし

候補作

「七色の逃げ水」(講談社)　青野聰(46)
「真昼のプリニウス」(中央公論社)　池澤夏樹(44)
「氷夢」(講談社)　田久保英夫(61)
「奇蹟」(朝日新聞社)　中上健次(43)

選考委員

大江健三郎、丸谷才一、吉行淳之介（丹羽、遠藤の辞任により、吉行、丸谷、大江の三人）

解説・コメント

丸谷が一人で選評を書き、中上の作から引用して日本語がよくないと指摘した。

第二十六回　1990年

受賞作

「やすらかに今はねむり給え」(講談社)　林京子(60)

候補作

「しらぬひ」(福武書店)　田久保英夫(62)
「讃歌」(文藝春秋)　中上健次(44)

選考委員

大江健三郎、ドナルド・キーン、河野多恵子、丸谷才一、吉行淳之介（ドナルド・キーン、河野多恵子が加わり五人）

解説・コメント

実作者でない者が選考委員になるのは本賞では初めてである。中上は候補になること六回、遂に受賞は叶わなかった。「讃歌」について河野は、谷崎の偉大な失敗作「卍」を思い出した、と書いている。

第二十七回　1991年

受賞作

「シャンハイムーン」(集英社)　井上ひさし(56)

候補作

「道化師の恋」(中央公論社)　金井美恵子(44)
「大いなる夢よ、光よ」(講談社)　津島佑子(44)
「愛の遠景」(中央公論社)　山本道子(55)

選考委員

大江健三郎、ドナルド・キーン、河野多恵子、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

谷崎賞はこの辺からおかしくなった。受賞作は上出来とは言い難く、発表時に糸圭秀実が、しかしこの作は文壇政治で褒められるだろうと予言していた。魯迅と内山完造を描いたもので、キーンは受賞に反対している。丸谷、大江との友情によるものか。大江は選評で、武田泰淳と竹内好が生きていてこの芝居を見たらどんなに良かっただろうと書いているが、二人が生きていたら激怒しただろう。

第二十八回　1992年

受賞作

「花に問え」(中央公論社)　瀬戸内寂聴(69)

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、吉行淳之介（大江が辞任し、中村真一郎、井上ひさしが加わる）

解説・コメント

この回から、候補作の発表も、選評内での言及もなくなった。8月に中上健次が恨みを呑んだまま死んだため、その御霊鎮めであろうか。瀬戸内は、女流文学賞以来三十年ぶりの受賞。しかし作は上出来ではない。

第二十九回　1993年

受賞作

「マシアス・ギリの失脚」(新潮社)　池澤夏樹(48)

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、吉行淳之介

解説・コメント

これは谷崎賞らしい受賞作である。その題名が「ハッサン・カンの妖術」を思わせるところもいい。福永武彦の親友だった中村真一郎は選評で、かつて福永が、自分は夏樹の父親として文学史に名をとどめるだろうと言ったと披露している。

第三十回　1994年

受賞作

「虹の岬」(中央公論社)　辻井喬(67)

候補作

「友だちの出来事」(新潮社)青野聰（51）
「五分後の世界」(幻冬舎)村上龍(43)
「快楽の動詞」(福武書店)山田詠美(35)

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、日野啓三（吉行が没し、代わって日野啓三が加わる）

解説・コメント

小説家としては素人である。選評もまた変で、日野は三人の候補者の名をあげており、作品名はあげていないが、候補作が推測できる。キーンは、受賞作の主人公である川田順が住友の重役であったことを知らなかったと無知を自白しており、丸谷は、辻井が、小説の基本的な技術を身につけたら云々と、今はまだダメだと暗に言っている。中村は、受賞作は内容で共感したが、完成度で評価すべきだと言われて推薦を保留したと書いており、消去法で選ばれたことが推察される。

第三十一回　1995年

受賞作

「西行花伝」(新潮社)　辻邦生(70)

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、日野啓三

第三十二回　1996年

受賞作

なし

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、日野啓三

第三十三回　1997年

受賞作

「季節の記憶」（講談社）　保坂和志（41）

「路地」（講談社）　三木卓（62）

選考委員

井上ひさし、ドナルド・キーン、河野多恵子、中村真一郎、丸谷才一、日野啓三

解説・コメント

三木卓、遅すぎる受賞だが、これは名作である。なお中村真一郎は選評で、「この賞の選者に就任して、最初に感じたことは、同僚諸君が個々の作品について、専ら技術的細部に精緻な、時には重箱の隅をほじくる底の批判を行い、一方で作品の思想的文学的展望、その人生観、世界観に対して、かなり言及を避けたがる傾向であった。・・・保坂氏の作品は、私の今日までの文学的経験を超越しているので、理解できなかった。・・・私のような「戦後派」の生き残りが、委員の一人として出席することに、意味があるかどうか、同僚諸氏にお考えいただきたい」。この年11月、中村は没した。